歯科衛生士になろうと思ったきっかけは従姉妹の影響

私が、なぜ歯科衛生士になろうと思ったのかは、従姉妹の影響が大きいです。

私の叔父は、歯科医師で、祖父の代からの歯科医院を継いで、経営しています。従兄も歯科医になり、今は都内の総合病院の歯科で勤務しています。従姉の方は、歯科医にはならずに、歯科衛生士の資格を取得するために、専門学校へ行き、資格を取得して、すぐに叔父の経営する歯科医院で勤務しています。

私は夢などがなかったので、高校卒業後には文系の大学に入学し卒業して、事務の仕事をしていました。しかし、何となく過ぎていく日々に嫌気をさしていました、そこで、何か資格を取得して一生の仕事にしたいと思った時に、従姉に相談に乗ってもらい、歯科衛生士の資格を取得することになりました。

代々続いた歯科医院を、もっと良い歯科医院にしようと言う言葉が胸に来ました。自分たちの力で、良くも悪くも出来るということが魅力でした。事務職では、なかなかそのような気持ちにはなれないですから。そこで、歯科衛生士の専門学校に入りました、三年で卒業をして、資格を取得しました。

資格を取得して、すぐに叔父の経営している歯科医院から声をかけてもらいましたが、外の世界も見ておくのが自分のためだなと思いましたので、いずれはそこに勤務したいことを伝えて、違う歯科医院を探しました。色々と勉強したかったので、従兄に話をしてもらって、大きめの歯科医院に努めることが出来ました、私の卒業した専門学校は、就職率100パーセントなので、みんな資格を取得したら就職出来ました。

田舎の方ですと、歯科医院と言うと、歯科だけのところが今も多いのですが、東京でしたので、小児歯科、矯正歯科、口腔外科なども経験しておきたかったので、そこがある歯科医院にしました。

働いてみると、やはり大変でした。専門学校自体、勉強についていくのがやっとでしたが、実践になると、もっと大変でした。患者さんは、十人十色だというのを改めて認識しました。同じ疾患でも、患者さんの歯の形でやり方、時間が変わってくるのです。専門学校では、丁寧にゆっくりと教えてもらっていたことも、患者さんを目の前にすると、時間がそれなりに限られてきてしまうので、その時間内で、治療をしなければいけないのです。

また、小児歯科も学びたいと思い、小児歯科もしっかりやっている歯科医院を選んで就職したのですが、実は、子供が得意な方ではなかったので、それが余計に大変でした。うまく子供をあやすことが出来ない、誤魔化すと言うと語弊があるかもしれないですけど、治療をしにやって来る患者さんに変わりはないですから。

小さくて、親御さんなどが膝の上に乗せてくれるとまだ良いのですが、そうではないそれよりちょっと上の年齢の子供で、歯医者さんは怖い場所、怖い人だと思っていると余計に大変でした。歯科医院と言うと、虫歯の治療がメインですけど、そうではない方もたまにいます。歯茎が腫れたからと言って、やってきた患者さんが、実はがんだったというケースです。

これは、本当に稀なケースですが、ありました。歯肉がんと呼ばれるものです。その患者さんの状態にも寄りますが、大きな手術は出来ない歯科医院でしたので、転院になりました。早期治療出来るなら、5年生存率も高いのですが、歯茎くらいと甘く見て、病院に来るのが遅れてしまった方は、歯茎だけではなく、他の部位にも転移されてしまい、他界されたと聞きました。歯科医院ですと、命にかかわるものではないというイメージがありました。しかし、癌などの発見が遅れて、命を落とすケースもあることを知り、予防歯科の大切さを知りました。

専門学校を卒業して初めて入った歯科医院で3年勤務しました。ある程度の知識を得ることが出来たので、叔父の経営する歯科医院に戻ろうか、その頃から考え始めました。従兄に相談すると、同じ時期に、戻ることを考えてくれていたようで、一緒に戻ることにしました。最初に勤務した歯科医院は、ステップアップも出来たので、良かったです。専門学校の友人に聞くと、私の勤務した歯科医院は恵まれているそうです。歯科衛生士も、女性が多い職種ですから、いじめなどが多発している歯科医院もあるそうです。

叔父の経営する歯科医院は、歯科だけでした。従兄が戻ることになりました。姪だから、特別な感じで勤務と思われても嫌でしたので、そこに面接にきた方がやることと同じことをして、就職しました。叔父だけではなく、昔から勤務している歯科衛生士の方と歯科医の方に面接に加わってもらいました。

そこで、働くことになり、代々続いていた歯科医院をリフォームしました、以前は、虫歯を治しにいく病院というイメージでしたが、小児歯科、予防歯科に力を入れていくことになりました。昔からの患者さんも大事にしながら、新しい患者さんも呼び込もうと思いました。

患者さん第一でしたが、従兄の提案で、研修なども積極的に出るようになりました。医療は、日々進化していると言うのが、従兄の良い分です。休日も、都内などで行われる小さな研修会、講演会などに参加する従業員の方が増えて行きました。口コミで、小児歯科も話題になりました。以前、勤務していた歯科医院で、それなりに子供への対応にも慣れてきました。叔父は、引退する時には、リフォームを重ねて行き、市内では、それなりに大きな歯科医院になりました。

口腔外科もやっているので、以前勤務していた歯科医院にやってきた患者さんと同じように、歯肉がんの疑いのある患者さんもやってきましたが、今の歯科医院では、予防歯科を徹底しているので、一度でも来院した患者さんには、ハガキやメールなどで、定期健診のお知らせを出すように、徹底しました。

以前は、転移して、助けられなかった患者さんでしたが、早期発見のため、手術して完治しました。手術は、総合病院で従兄も立ち会いました。手術が出来ればいいのですが、色々なことを考慮して、地域でも大きい設備の整った総合病院で手術をしています。患者さんの命が第一ですから。手術が終わって、ある程度の目途がたつと、また従兄が経営している歯科医院に戻ってきてもらい、治療、定期健診を頻繁に行うようにしています。

通いやすい歯科医院を目指していますが、人と人ですから、正直、患者さんから見て、「合わないな」と思われることもあると思います。そのような方のために、セカンドオピニオンも積極的に進めていきます。逆に言うと、他の歯科医院さんで、不安などがあった場合はいつでも受け入れるという態勢を取っています。

歯科医院だけではなく、なかなかセカンドオピニオンと言うのはやりにくいのですが、それを積極的に行うことで、自らの治療や信念に自信があるという現れを示すことが出来るのです。

医療は進化し続けていく、ですから、今の歯科医院が完成形かというとそうではありません。日々、患者さんに寄り添う治療をしていけたらいいなと思っています。

患者さんに寄り添う治療を、歯科医だから、歯科衛生士だから、歯科助手だから、受付だからと言う、役割ではなく、一人の患者さんが治療しやすい環境を作り出すことが大事だと思っています、そのような歯科医院にしたいと、スタッフ一同が定期的に会議などを開いていますので、そのような歯科医院で勤務出来ることが幸せなことなのだろうなと思っています。

祖父、叔父の経営していた歯科医院なので、意見を言いやすいのかもしれないですけど、親族ではないスタッフも意見を言いやすい、むしろ、そちらの意見を大事にしている従兄の経営手腕はすごいなと思います。

他の歯科で勤務したのは、短いですけど、それでも、外に出たのは良かったなと思っています。患者さんが生きたいと思える歯科医院、スタッフが働きたいと思える歯科医院、この二つが合わさった場所で、ステップアップ、レベルアップ出来るので、幸せだなと思います。